「撮ることの罪」と「撮れなかったことの罪」

 

 

 

 

 東北の被災地についたその日、一面瓦礫の田畑の中であたりを見回し、周囲に誰もいないのを確認してからそっとカメラを取りだした。ファインダーを覗き、レンズの向こうに鉛色の重苦しい空と漁船や家屋の屋根が散乱する田畑が見えたとき、なぜかある一枚の写真が脳裏をよぎった。

 

 アフリカの荒野に衰弱した黒人の赤ちゃんがうずくまっていて、背後のハゲワシがその赤ちゃんの死を待っている、というあまりにも有名なケビン・カーターの一枚。その一枚でピューリツァー賞を受賞し、同時に巻き起こった「撮るべきか、助けるべきか」という世界を二分する論争の渦中に投げ込まれ、数ヶ月後に自殺してしまった南アフリカの伝説的な写真家。

 

 自分がまだ中学生だったときに初めて見たその写真と彼のエピソードがずっと印象に残っていたのは、それらが「撮ることの罪」を教えていたからであり、およそ20年後、東北の瓦礫に埋もれた荒野を前にしてその写真を再び思い出したのは、まぎれもなく自分が「撮ることの罪」の前に立っていたからだろう。

 

 そもそも自分は写真を撮るつもりで東北に向かったわけではなかった。未曾有の震災に対して一人の人間として何ができるのかもわからなかった。ライターとして何か書けるかもしれないと思ってはいたが、それもできなければ何かボランティアをして帰ろうと思った。だから瓦礫撤去、支援物資の仕分けから、避難所のゴミ袋の取り替えまで、できることは何でもやった。

 

 そんなふうに職業写真家でさえない自分に、その後も「撮ることの罪」がついて回ったのには、通訳を兼ねて、海外からのフォトジャーナリストたちを案内して回っていたことが大きかった。彼らは撮るべき対象を見つけると躊躇せずに相手の鼻先数十センチまで近寄ったり、入るべきでない場所に入っていったりした。そんなとき自分は彼らのあいだに入って仲裁をしたり、彼らの代わりに現地の人々に謝ったりした。ここに撮られた一連の写真はそんなあいまに「自分なら何が撮れるか」と自問しながら、個人的な記憶のために撮られた。だから基本的に後ろめたさを抱えたまま撮ったものだし、長らく人目にさらすことなく、ごく親しい人だけに見せてきたものだ。

 

「正面にまわれていないね」

 

 震災から2年半が過ぎた頃、地元千葉県で新聞記者をやっている高校の同級生にこれらの写真をそれとなく見せた。彼はひととおり写真を眺めて、よく撮れているものもあるという意味のことを言った。そして直後にこのひとことをつぶやいたのだ。その言葉を聞いてはっとなった。たしかに人々の横顔をとらえてはいるものの、正面に向き合った写真はほとんどなかった。

 

 どうして正面に回らなかったのだろう。特に震災直後の写真であればあるほど、その傾向は強くなっているように思えた。人々の眼差しに宿る険しさと、取り返しのつかない運命と共に生きるしかない彼らの表情を、どうして直視しなかったのか。どうして右へ左へと数メートル回り込んで、その素顔の正面に立たなかったのか。今となっては後悔に似た気持ちが頭をよぎる。

 

 厳しい冬が過ぎてやがて春が少しずつ訪れるように、時の移り変わりとともに人々の表情もやがて少しずつやわらいでいく。当時の自分はそのことを知らないかのように決定的なアングルを避けて無難にやり過ごしていることがわかる。どうして自分自身が壊れてしまうくらい真正面から向き合わなかったのか。

 

 たぶん怖かったのだろうと思う。行方不明の息子を捜すお母さんに「写真を撮らせていただいていいですか」と言っておきながら、ファインダーを覗くと手元が震えてピントを合わせられない事もあった。まだ独身で子どももいない自分にとって、あまりに軽いものしか背負っていない自分にとって、目の前のお母さんの存在はあまりに重く大きなものだったのだろう。今もその気持ちは変わらない。

 

 3年のあいだ被災地域に通い続けてわかったこともある。一流の写真家にとって、正面に回り込み、人々の素顔に正面から向き合うことは、おそらく一度きりの生のかたちに対して最大限の敬意であると思う。ファインダー越しに相手を覗き込み、のちに本人たちさえも忘れてしまうかも知れない、一度きりの生の瞬間を永遠に切り取ることこそが、彼らにとっての敬意の表し方であり、表現者としての覚悟でもあると思う。

 

 ここに撮られた一連の写真は、そうした覚悟もないまま現地の人々にご迷惑をかけながら偶然のように撮られたものだ。だからそこに写り込んでいるのはまぎれもない震災の現実であると同時に、未熟すぎた自分の姿でもある。そんなふうに考えると東北の小さな港町で津波にのまれ、心ならず亡くなっていった、あるいは今も行方不明の無数の命に対して、恥ずかしく申し訳がないというよりほかない。「撮ることの罪」は3年のときを経て「撮れなかったことの罪」に変わりつつあるのかもしれない。