渇きの果てに

 

 

 灼熱の砂漠地帯ほど、戦争への問いが無意味な場所もない。けれどもそのことに気づくのは、所詮そこから無事に抜け出したあとのことでしかなかった。

 

 南カリフォルニアに位置するモハーヴェ砂漠。照りつける太陽を遮るものはなく、日影でも温度計は摂氏五〇度を指していた。

 背の低い灌木がまばらに生える砂漠の真ん中に三本の轍があり、それらが東の地平線へとのびている。

 ひとつはアメリカ南部を横切って太平洋と大西洋を繋ぐフリーウェイ40号だ。東西を往来するドライバー達は、皆こぞってこのよく舗装された広い道を使った。

 

 もうひとつはユニオンパシフィック鉄道。かつて東部からやってくる人々を西へと運んだこの鉄道は、その役割を自動車に引き渡し、今は主に貨物の運搬用としてひっそりと使用されているのみだった。

 

 そして自転車が唯一走れるのがハイウェイ・ルート66だった。西部開拓時代の馬車の轍がそのままアメリカ合衆国の東西を繋いでいるというこの道は、古き良きアメリカの残り香にすがるための道でしかなかった。ハイウェイとは名ばかりで、片側一車線のひび割れたアスファルトが他の二本の道に寄り添うように細々と続いているだけだ。この道を通る人影はほとんどない。

「ルート66をハーレーでぶっ飛ばすのがアメリカ人の夢なんだぜ」

 どこかのハンバーガーショップの店員が言っていたように、その「夢」を実現しようとやってくるバイク乗りや、僅かな物好き達がときおり荒野の向こうから現れては、すれ違いざまに手を振って過ぎ去っていくのみだった。

 

 ラドロウという街で、それまで並走していたフリーウェイ40号に別れを告げ、東へ数マイル行ったところでタイヤのパンクが起きた。またか、と思う。実際、タイヤのパンクはこの旅の中では頻繁に起きることだった。理由はアメリカの道路の悪さにあった。日本の道路と違って、アメリカのハイウェイではたくさんの車がタイヤを履き捨てていくため、そのタイヤの中の細いワイヤーがアスファルトの表面にたくさん散らばっているのだ。いったんパンクが起きるとタイヤを外し、チューブの穴の空いた箇所を探し、穴を塞いで再びタイヤをセットする。その度に三十分から一時間の時間を費やすことになる。

 

 そのとき既に午後五時をまわっていたが、ぼくはまだ迫りつつある危機に気付いてはいなかった。昼間は酷暑が厳しかったが、日が沈んでくれば暑さも和らぎ、楽になるだろうとたかをくくっていたのだ。パンクの修理を終え、それでもまだユニオンパシフィック鉄道の踏切で三脚を立てて写真を撮る余裕があった。

 

 ことの重大さに気づき始めたのは、アメリカ人サイクリストと行き違いになった時だった。彼は砂漠の反対側から、やはり自転車に乗ってぼくが来た道を反対方向へ向かっていた。

「次の街、アンボイには水はないよ。コーラの缶が二ドルもするクレイジーな街だ。水をくれと言ってもくれやしない。」

 

 アンボイはその夜の宿に予定していた街だった。アンボイに水がないということは、その先十数マイルもさらに走らなければならない。

 しかし、前の町であるラドロウからは既に十マイル以上も来ており、今さら引返す気にもなれなかった。やがて砂漠の稜線に日が沈み、昼間の暑さはいくらか和らいではいった。

 

 だが、のどの渇きは依然として変わらないままだった。気温のせいではなく、湿度のせいだ。気温が高かろうが低かろうが、ドライヤーの風に常にさらされているような砂漠の真ん中では、昼夜を問わず常に体から水が蒸発していく。

 

 実際、昼間ラドロウについた時、体中から白い粉が吹き出していたのを思い出した。埃ではなく塩だった。暑ければ汗が出る。汗が出ればそれで暑さの度合いを知る。それが今まで日本で育ったぼくの常識だった。しかし、砂漠の真ん中を自転車で走ると汗など一滴も出ない。水分は毛穴から出た瞬間、すぐに蒸発してしまうからだ。少しの汗もかかないのに、二時間も走ると塩の結晶だけが肌に付着しはじめる。

 

 脱水症状を起こさないために、ラドロウの街のファーストフードで二時間かけて少しずつドリンク類を飲んでいった。気がつくとその量は五リットルを越えていた。モハーヴェ砂漠を自転車で越えるには十リットルの水を持っていかなければいけない、という話をどこかで聞いたこともある。

 

 それを思い出し、自分の置かれている状況を振り返ってみた。残りの水は一リットルを切っていた。もし次の街、アンボイで水が手に入らなければ朝までにひからびてしまうかも知れない。奇跡的に誰かに助けられたとしても、脱水症状を起こして病院に運ばれてしまい、アメリカ横断の旅は序盤で中止せざるを得なくなる。

 

 それを避けるにはさらにその次の街まで二十マイル以上走らなければならない。しかし、辿り着くことができたとしてもその街にも水がないかも知れない。走りながらそんなネガティブな考えが膨らんでいき、わずかな焦りがすこしずつ増大していく気がした。

 

 いくつかの丘陵を越え、がむしゃらに進んだが遥か先の街はまだ見えてこなかった。振り返れば西の空はまだ薄明るかったが、目の前には暗闇が迫っていた。荒野に夜が訪れると、途端に時間はゆっくりと流れ始める。いくら進んでも何の変化もなく、暗闇ばかりが続くからだ。

 

 そのうち走るのが面倒になり、はたと止まり、自転車を路肩に放って道路の真ん中に仰向けに寝転んだ。夜の砂漠を吹き抜ける生ぬるい風が心地よかった。

 

 見上げると広い夜空に散りばめられた無数の星がそばにあった。迫りつつある危機を忘れ、しばらく空を見つめていた。両翼に赤と緑の光を放つ飛行機、星たちに混じって等速で動く人工衛星や、白く流れる天の川も今までになくはっきりと見えた。

 

 いつになく透き通った夜空を眺めているうちに、ある友人のことが頭に浮かんだ。東京大学の大学院で宇宙物理を研究する秀才だった。ある晩彼の家を訪ねると、彼は天の川の話をしはじめた。

「銀河ってのは目玉焼きみたいな形をしてるんだ。それを真横から見てみると、薄っぺらくて真ん中の黄身の部分だけが盛り上がってるだろう。外側の白身の部分に太陽系や地球があって、そこから真ん中の黄身の方角を見ると、そこの夜空だけたくさんの星が見える。それが天の川だ。」

 

 灯りを消して布団のなかでそんなことをとうとうと語ってくれたことを思いだした。

 彼を思い出したのをきっかけにたくさんの懐かしい顔が去来していった。小さい頃の友達や好きだった女の子もあった。

「今頃みんな何をしているんだろう」

 そんな考えとともに、無数の思い出が流星のように脳裏に現れては、束の間の夜空へと消えていった。

 

 ふと我に返り、腹が減っていることに気づいた。何かないかと荷物の中をごそごそと漁ってみると、菓子が詰まったビニール袋が出てきた。数日前に立ち寄った、カリフォルニアの片田舎の小さな商店のおばさんがくれたものだった。

 彼女はぼくがニューヨークまで自転車で行くのだと言うと、スペイン語訛りの英語で「心配だから着いたら電話をしてね」といって電話番号をくれた。

 別れ際に、長い旅の途中で腹が減るだろうからと、店の中にあった菓子を適当に引っ掴んでビニール袋いっぱいに詰め込み、「持って行きなさい」といってくれたものだった。

 

 彼女はぼくが道を尋ねると「私にはわからないから」といって、商店の隣にあった小さな町工場にぼくを連れて行き、そこにいる作業中の男達ひとり一人に道を聞いてまわった。

 そしてぼくの手を引くようにして作業場の中を歩き回り、なぜか少し自慢げに「すごい子が来てるのよ。力になってくれない?」と顔なじみの男達にふれてまわった。そしてそこに居合わせた男達もみな「暑いだろ。これ、食べていけよ」と言って笑顔をこぼし、近くの畑で取れた果物を切って山ほどくれたりもした。

 旅先では、そうした母親が子供にするようなさりげない親切がふとしたときに心に染み入ってくることが多々あった。

 

 ビニール袋を開けると、中には色々な種類の菓子が入っていた。幼いの頃、クリスマスに両親がくれた菓子を思い出した。おもちゃの赤い長靴にチョコレートやクッキーやキャンディーがたくさん詰まっていて、小さかったぼくは菓子を食べ終わったあとも、そのおもちゃの長靴を履いて遊んだりした。

 

 ビニール袋の中の一つを適当に選んで開け、おもむろに口に放り込んだ。甘酸っぱい香りが口に広がった。ラズベリージャムが乗っかったクッキーだった。喉の渇きも忘れ、貪るように残りを口に押し込み、最後に水を一口だけ飲んだ。

 

 誰もいない砂漠の真ん中にありながら、名も知らぬ人が自分を後押ししてくれている気がした。少しだけ元気が出てきた。

 また走り出した。走れば風が全身を乾かし、喉が渇く。特に呼吸をする口の中は感覚がおかしくなっていた。熱く乾燥した風に水分を奪われると、ちょうど凍った金属を触ったときに皮膚がくっついてしまうように、口腔内の粘膜が癒着してしまう感覚があった。のどの奥が渇くたびに少し水を口に含み、だましだましのどの渇きを癒していった。

 

 どれくらいそうして走っていただろうが。いくつかの丘を越えた時、暗闇の中にオレンジ色の光がぼんやりと見えた。アンボイの街だった。距離は分からない。ただ、夜の砂漠を自転車で走っている限り、「見えた」ということは「近づいた」ということを意味するわけではない。十マイルはあるだろうか、いや、もう五マイルくらいに違いないと考えながら少しずつ進んだ。

 

 やがて街灯の一つ一つがはっきりと認識できる距離になり、ほどなくしてアンボイの街に入った。それは街というにはあまりにも小さかった。既に人影はなく、人家の灯りもない。店のシャッターも閉じている。昼間ならば小さな店を営む人がいるのだろうが、日が沈んでしまうとそうした何人かの人でさえ、別の大きな街にある家へと引き上げていくのだろう。愕然とした。

 

 しかしまだチャンスはあると思えた。暗い街の中でひときわ煌煌と輝く自販機があったからだ。吸い寄せられるように近づくと、数時間前にすれ違った男が言っていたように、二ドルと書いてあった。しかし、値段など気にしている暇はなかった。ポケットから財布を取り出し、一ドル札を挿入口に入れた。

 

 入らない。しわを伸ばし、丁寧に入れ直してみたが入らない。壊れているのだろうか。今度は別の一ドル札を試してみた。それでもダメだった。持っていた一ドル札を全部試したが、どれもダメだった。

 財布の小銭入れを開け、自販機の明かりを頼りに二十五セント硬貨が八枚あるかどうか数えてみた。可能性は低かったが賭けるしかなかった。しかし、適当に小銭を引っ掴むと、なんと五枚の二十五セント硬貨があった。いつも札を使う癖があるので、買い物をすれば必ずおつりに入ってくるコインだからだ。あと三枚だ。残りの小銭の中を探すともう二枚出てきた。あと一枚だ。

 

 だが、財布の中や他のポケットを探しても、それ以上は見つからなかった。落胆しながらも、絶対に水を飲みたいという思いだった。

 

 自転車用のライトを取り外し、自販機の下を照らしてみた。誰もいない砂漠で体裁など構う必要はなかった。ほこりっぽい地面にうつぶせになり、ライトで自販機の下の奥の方まで照らした。隣にあった別の自販機の下も調べた。釣り銭の取り出し口も調べた。だが、一枚のコインも見つからなかった。ダメだ。今この街では水を飲む方法がない。自販機の灯りを背に振り返ると、深い闇が広がっていた。ぞっと鳥肌が立つ。

 

 何もしたくなくなり、ただその場に座り込んでいた。しかし選択肢は一つしかないことは分かっていた。残り三〇〇ミリリットルくらいしかない水を持って、次の二十マイルを走り出すことだった。だが既に十時間以上走っていて、疲れはピークに達していた。もう、動きたくないという気持ちが強かった。この広い闇の中をどこへ向かえば水があるのだろうとぼんやり考えながら、時間が過ぎていくのをただ黙って眺めているだけだった。

 

 こんなひとりきりの砂漠の真ん中では、再び走り出すきっかけは自分で作るより他にない。「走っていれば必ず着く」とあたりまえの事をもう一度自分に言い聞かせ、一念発起してまた走りはじめた。

 このままどうなるのだろう、という漠然とした不安も手伝ってか、次第に暗闇そのものが不気味に思え始めていた。ときおり、路傍に立ち枯れた木のシルエットがヌッと現れたりする。それだけでわけもなく鳥肌が立ってしまう。

 

 とはいえ、頭上に広がる天の川や流れ星を眺めていると、ある種の安らぎのようなものも感じられる。そうやって辛うじて自分を律しながら、何もない荒野をゆっくりと走っていった。

 

 砂漠を隔てた何マイルも遠くの丘陵地帯では、フリーウェイを走る無数の車のヘッドライトがひそやかに輝きながら列をなしていた。西へ東へとゆっくり移動するそれらの輝きの下には、様々な営みがあるはずだった。

 

 仕事を終えてバドワイザーとフットボールを楽しみに家路につく人や、カーラジオから流れるロックンロールに胸をときめかせる若い男女、全米各地に点在するウォルマートに食料や家電を届けるトラックドライバーもあるはずだった。

 

 各々のヘッドライトにはひとつとして同じ行き先はなく、それらはあたかも暗い宇宙につつましく瞬く生命の輝きのようでさえあった。

 

 自分を顧みれば自転車のハンドルバーに取り付けられた、ただひとつのLEDライトが点滅しているだけだった。今にも消え入りそうな弱々しい光だった。そして、その光が、いまこの世界にある自分以外の誰にも届いていないことを考え、何とはなしに心細くなった。

 

 深い闇の中、静けさを破るペダルの音だけが辛うじて自分の存在を保っている。そんな不思議な時間の流れに身を委ねていると、なぜかのどの渇きも忘れることができた。

 

 しかし何時間か走り続け、砂漠の稜線の向こうに街の灯りと思しきオレンジ色の光が見えてくると、街はまだかという想いが募り、再び疲労が全身を包んだ。

 

 前の街がそうであったように、砂漠の真ん中で灯りが見えてもそこまでの距離は非常に長く感じられる。まだかまだかと想いながらこぎ続け、ついに街へ至る最後の下り坂に差し掛かった。再びのどの渇きを強く意識し、唾液を飲み込もうとした。乾いたのどの粘膜がばりばりと音をたてた気がした。

 早く水が飲みたい。期待と不安が再び頭の中で交錯した。

 

 淡いオレンジ色のぼんやりとした光は、やがて近づき、三つか四つの街灯の集まりだと分かった。次第に胸が高鳴り、あたりの静寂がより深く感じられた。

「水、あるよな?」

 

 やがて街灯の下にぽつりとたたずむコンクリートの建物のそばまでやってきた。あたりにはその建物のほかに何本かの大きな木が生えているだけだった。それ以外に広い荒野とその「街」を区別できるものは何もなかった。

 

 嫌な予感を拭えないまま、おそるおそる建物に近づくと、そこは今はもう使われないバーだと分かった。古くなった看板に”SODA”とか”BEER”とか書かれていて、店のガラスはところどころ割られ、敷地の周りには有刺鉄線が張られていた。もう何年も人が出入りしていないようだった。完全なゴーストタウンだ。もちろん水の一滴など期待できるはずもない。

 

 失意と共に、やや寒気がした。自分の疲労具合は、肉体的感覚よりも「もうこれ以上走りたくない」という気持ちによっていっそう明確になっていた。

 どうにでもなれ、と半ばやけになりながら埃っぽいアスファルトの上に倒れ込んだ。目を閉じるといろいろなことが頭をよぎった。肉体が渇望するたった一杯の水。あるいは自らこの国に持ち込んだ戦争への問いかけ。それらは既に自嘲する他ないほど手の届かない遥か彼方へと遠のいてしまった気がした。そして自転車がある限り前に進む努力の余地があることさえもが疎ましかった。

 

 頭上には相変わらず星たちが優しげにまたたいていた。それらを見つめていると不思議と気持ちが落ち着くような気がした。寝転んだ背中から真昼の焼けつくようなアスファルトの熱がほのかに伝わってくる。生温い風がTシャツの布地の隙間から疲れきった身体をやさしく撫でた。不意にその感触にある懐かしさを感じ、ふと前の年の夏のことが思い出された。

 

 大学のヨットクラブでの外洋航海のことだった。夏になると部員全員で何週間もかけて西日本の海を目指した。海図に進路を引き、潮の流れを読み、小さな港の岸壁にもやいを取って眠り、次の朝また海へ出て行く。夏の間そんなことを飽きもせずに繰り返した。

 

 小さな港町では夜になると街の灯りが消え、明滅する灯台や遠い水面に揺れる漁り火が闇の中にぼんやりと浮かび上がった。そんな夜、岸壁のコンクリートの上に寝袋を敷いて横になると、同じようにアスファルトの不思議なぬくもりが背中を伝ってきたのだ。

 

 あの船では十人にも満たない人間で船を動かしていた。荒れた海に出て行くべきか否か。そんなことをめぐって互いに険悪になったこともあった。凪の日にはひたすら風を待ちながら、くだらない話をして時間をつぶした。そのうちに話すことも尽きて、誰も何も言わなくなった。ぼくはあの海での日々で自然の大きさを学び、その中を乗り切っていくことにも少しだけ自信を持ったつもりでいた。けれども、一人ではたった百マイルの砂漠も越えられないのだなと思った。

 

 そんなふうに自分の小ささに気づくと、なぜだか清々しい気持ちになった。彼らは今、どこの海にいるのだろう。強い向かい風に苦戦しているだろうか。それとも凪の海の退屈さに飽きた頃だろうか。

 ぼくは疲れていたはずの体に少しずつ生気が兆してくるのがわかった。あの頃、前に進むことは、そんなに難しいことではなかったはずだ。

 進むしかない。そして進みさえすればいいんだ。

 

 自分に言い聞かせるように立ち上がると、地図を広げ、次の街までの距離を測りはじめた。二十一マイル。遠い。しかし、もう幾らでも走ってやろうという気持ちになってきた。再び自転車を起こし、次の二十一マイルを走りはじめた。

 

 しかし、数百メートル走ると一本道のはずのアスファルトが、右側に枝分かれしているのが目に入った。もしかしたら水の出る水道かなにかあるかもしれない。「どうせなら」と右へ曲がる道を少し走ってみることにした。

 

 左手にはかわらず荒野が続いていたが、右側には錆び付いたスクラップの自動車が山のように積まれていた。そしてあの使われていないバーと同じように、周囲には有刺鉄線が張り巡らされていた。やはりゴーストタウンだ。どうせ何もない、と諦めかけたときだった。

 

 すぐ側の茂みの奥から人の話し声が聞こえた。数人の男が声をひそめ、ときおり甲高い声が夜の砂漠に響き渡った。耳を疑った。砂漠の真ん中のゴーストタウンで真夜中に何をしているのだろう。そう考えると同時に、ほとんど直感的に犯罪や何か危険なにおいを感じた。

 

 誰かが麻薬や覚せい剤を大量に隠しているのかもしれなかったし、砂漠の真ん中の国境を越えてメキシコや中南米に武器を密輸しているのかも知れないなどと考えた。いずれにせよ、自分の存在を相手に知らせる事に危険を感じた。

 

 とはいえ、彼らがごく普通の人達であれば持っている水を分けてもらえるかも知れない。そう思い、茂みの陰から徐々に近づき、彼らの様子を伺っていた。

 薄暗い電灯の下で二、三人の男が酒を囲みながらぼそぼそと話している。たまに誰かが大きな笑い声をたてた。何を話しているのかが聞き取れれば、彼らがどういった人間なのか分かるのだが、男達の言葉はスペイン語だった。何一つ聞き取る事ができない。

 

 危険な目に遭うかも知れないし、その場で水を貰い助かるかも知れない。いずれにせよ今いる暗い茂みから数歩歩みでて、彼らのいる灯りの下に姿を現せばすべてが決まるのだった。

 

 意を決して歩を進めた。相手に自分の存在を知らせるように、わざと大きな足音をたてた。暗闇から灯りの下へ一歩踏み出し、おそるおそる話しかけた。

 

「ハロー、エクスキューズミー」

 

 男たちがいっせいにぼくの方を見た。わずかな沈黙があった。そして、男の一人が言った。

「一体どうしたんだ、そんなところで。こっちに来いよ!」

 

 思いがけず陽気な返事だった。歓迎されているのだと分かった。全身の筋肉が一気に弛緩していき、小さなため息が漏れた。

 

 薄暗い灯りの奥には小さな建物があり、それはそこに居合わせた誰かの家だとわかった。ここは辛うじてゴーストタウンではなかったのだ。ぼくはさらに歩を進め、彼らに近づいた。そして安堵すると同時にほとんどかすれた声でにこう言っていた。

 

「み、水を下さい…」

 

 精一杯の訴えが通じたのか、男達の一人が家の中へと走り、冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターを持って来てくれた。ぼくは礼もそこそこに、渡されたペットボトルを奪い取るようにしてフタを開け、休む間もなく一気に飲み干した。

 

 サバンナに雨期がやってきて緑が一斉に息を吹き返すように、乾いていた全身の細胞がみずみずしさを取り戻していった。

 助かった。そう思いながら、夜空を仰いだ。真夜中の砂漠を滑る生ぬるい風が優しく肌を撫でていった。

 

 

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