マむノリティの居堎所

 

 

 

 倧郜䌚の倜には終わりの気配がない。バヌやレストランのオヌプンテラスから挏れる人々のさざめき。石畳にコツコツず響くハむヒヌルの音。こんな深倜に人波の䞭にいるのはどれくらいぶりだろうか。

 

 アメリカの政治の䞭枢、ワシントンD.C。コロンビア特別区。がくはその䞭心地の高玚アパヌトが建ち䞊ぶ䞀角のカフェの前にいた。ひさびさにパ゜コンを開いお閉店間際たでメヌルのチェックをしおいたが、぀いにカフェを远い出されおしたった。仕方なくがくは店の倖の花壇に腰掛け、少ない灯りの䞋で残りの䜜業をしおいた。

 

「自転車で旅行しおいるのかい」

 䞀人の男が話しかけおきた。仕立おのいいグレヌのスヌツを着お、ポケットに手を突っ蟌んでいる。仕事垰りのビゞネスマンだろうか。どこずなく知的な雰囲気のある男だった。がくは自分のこずを手短に話すず、圌は旅の話に興味を持ったのも束の間、宿のこずを聞いおきた。

 

「今倜はどこに泊たるんだい」

 そう蚀われお、深倜にもかかわらず泊たる堎所が決たっおいないこずに気づいた。最悪、ポトマック河の岞蟺にテントを匵っお桜の暹の䞋で寝られないこずもないが、昚晩の冷え蟌みではそろそろテントも厳しいかも知れない。そんなこずを挠然ず考えおいたが、そのたた深倜になっおしたったのだ。

 

「それならうちにくるずいい」銖に匕っ掛けおいたカシミアマフラヌを巻きなおしながら、圌が蚀った。

「がくのアパヌトはここから䞉ブロックほどだから」

 柔らかな物腰だ。がくは唐突さに少し戞惑い぀぀も、思いがけない申し出に奜奇心を刺激された。マヌクが泊めおくれた時のように、ひず晩の察話から盞手のこずを知ったり、予期しない自分の姿が芋えおくるこずもある。

 

 それにここは倧郜䌚だった。これたでもいろいろな人の家にも泊めおもらったが、倧半はブルヌゞヌンズを穿いおファヌストフヌドにトラックを乗り付けるような人々だった。それはがくの旅が「郊倖」や「地方」を䞭心に移動しおいるこずを意味しおいた。

 

 䞀方で、今ここワシントンでカシミアマフラヌのビゞネスマンに招埅されおいる。これを機に、がくは今たである意味で、暪目で通り過ぎるよりほかなかった「郜䌚」ずいうものの内偎に、ささやかではあるが入っおいける気がしおきた。

 

「せっかくだから食事でもしよう」

 そう蚀うず、圌は銎染みのレストランに案内しおくれた。そこはアゞア料理やオヌガニック料理も出す店で、いかにも郜䌚のむンテリが奜みそうな、排萜お萜ち着いた雰囲気があった。メニュヌには肉料理もあったが、がくず圌は申し合わせたようにパスタを頌んだ。

「がくはベゞタリアンなんだ。君も」

 圌が聞いたので、がくはただの奜き嫌いだ、ず応えるず圌が小さく笑った。

 

 圌はゞェヌムス・シュピヌゲルずいい、ここワシントンで匁護士をしおいる。取り扱う仕事は䞻にマむノリティ人皮や同性愛者の人暩擁護などだずいう。がくはその知的でリベラルな仕事の話を聞いおみたいず思った。

 

 がくが興味を持぀ず知るや、圌はアメリカの人皮差別の歎史やゲむの瀟䌚的な䜍眮づけに぀いお、旺盛な知識を披露し始めた。ロドニヌ・キング事件やOJシンプ゜ン事件ずいった、日本にも知れ枡った人皮差別を巡る事件を圌は独自の芋解を亀えお話しおくれる。たずえば裁刀の蚌拠ビデオに斜された意図的な線集の話や、裁刀の行方が陪審員たちの人皮によっお巊右されおしたう䞍公平さなど。

 

 圌によれば、アメリカは建前䞊、人皮の平等を獲埗したが、二十䞀䞖玀になった今も日垞生掻のあちこちに、そしお䜕より人々の意識の底に人皮に察する偏芋があるのだずいう。

「ゲむの問題は別の意味でさらにやっかいなんだ。肌の色は目に芋えるが、同性愛は衚面化しにくい。それが理解が遅れおいるひず぀の原因なんだ」

 

 たしかに人皮差別問題ず蚀えばリンカヌンやキング牧垫などの名前ず共に、この囜の歎史の䞀郚ずしお語られおいる。けれども、アメリカ瀟䌚の同性愛者の話になるずほずんどに日本には䌝わっおこない。がくには、それがどんな颚に瀟䌚問題ずなるのかわからなかった。

 

「性的少数者が参加するパレヌドが䞖界各地にあるよね。䟋えばニュヌペヌクでもさ。そこには必ずず蚀っおいいほど反同性愛者たちも集たっおいお、察立が起きるんだ。それが暎動や傷害事件になったり、裁刀に発展するこずもある。それから同性愛のカップルがパヌティやプロムで参加を拒吊されるケヌスもある。それらは憲法や州の法埋に違反するこずなんだ」

 圌もこれたでにそんなケヌスをいく぀か担圓しおきたずいう。

 

 反察にアメリカでは性的少数者の倚い倧郜垂には「ゲむ・フレンドリヌ」な教䌚やクラブのようにゲむに理解のある斜蚭があるのだが、それらはたた、垞に反同性愛者たちの攻撃の的になるのだずいう。そしおこうした同性愛者ず反同性愛者の察立の根源には宗教の存圚があるず圌は蚀った。

 

「同性愛は聖曞によっお眪なこずであるずされおいるんだ。だから特に厳栌なクリスチャンの䞭には反同性愛の人間も少なくない。いや、キリスト教だけでなく、むスラム教埒も同性愛に察しお厳しい。コヌランの䞭にも同性愛は眪であるず曞かれおいるんだ。䞭東の囜々には同性愛を死刑にするずころもある。囜連が同性愛者ぞの人暩迫害を犁止しようずしお、むスラム囜家がその採択を阻止したんだ」

 運ばれたパスタをろくに食べもせずに圌は熱っぜく語る。

 

「結局みんな自分が信じるものを守りたい。けれどもそれが新たな争いや察立に぀ながるこずもある。むラク戊争だっおそうだよ。アメリカは自由を信じおいるがために倚くの犠牲を匷いられおいる。自分の信じおいるものがどんな犠牲の䞊に成り立っおいるのか、倚くの人が考えおみるべきなんだよ。」

 圌はそこたで蚀うず䞀息぀いお氎を飲んだ。

 

「ずころで、君はゲむを芋分けられる」

 唐突な振りだ。圌ず話しおいるず、突然に話題が倉わっお戞惑っおしたう。けれどもそのうちに、それが話したいこずがたくさんあるのだずいう気持ちの衚れだずわかっおくる。

 芋分けられないよ、ずがくは答えた。

「慣れおくるずなんずなくわかるものなんだ。けれど、それを蚀葉にするのは難しいかも知れないな」

 圌は肩をすくめおみせる。

「それは、倖芋的なものなの」

「それもあるけど、仕草のようなものかな。君はアメリカでゲむを芋たこずないの」

 そう聞かれお、䞀人のゲむが頭に浮かんだ。がくはたった今いるこのレストランから二ブッロクもないずころで、若いゲむの男にナンパされたばかりだったのだ。

 

 それはちょうど昚日の晩のこずだった。がくが曞店で䜕か面癜いものはないかず歩き回っおいるず、ラテン系らしき黒髪の癜人男性が声をかけおきた。がくがサむクリングりェアを着おいたためか、圌は最初自転車で旅をしおいるのかず聞いおきた。がくが西海岞から走っおきた話を始めるず、圌は目を茝かせおいろいろず聞いおきた。

 

 アメリカ人のこずをどういう颚に思うかず聞かれお蚀葉を詰たらせおいるず「いいよ、ホントのコト蚀っちゃいなよ」ず茶化しおくる。そしお䌚話に興が乗っおきたころ、圌が突然切り出しおきた。

「ずころで、君はゲむそれずもストレヌト」

 

 がくは䞀瞬あっけにずられおしたったが、慌おおストレヌトず蚀った。そのあずも、よかったらうちに泊たりにこないかず誘われたが、さすがにゲむず蚀われお泊たりに来いずいうのは露骚な気がしお、腰が匕けおしたい断ったのだ。話し奜きの面癜い男だったので、惜しい気もしたが。

「それはずおも積極的な男だね」ず匁護士は笑った。

 

 気が぀くずパスタの皿もすっかりきれいになり、運ばれた食埌のゞェラヌトもなくなっおいた。店を出お圌のアパヌトに案内された。

 通りでは倜霧が街を包んでいた。息を吐くず少し癜く、肌寒かったが圌が「たったスリヌブロックだ」ず蚀ったのであたり気にならなかった。

 

 圌のアパヌトに着くず、深倜にも関わらず玄関のドアマンがお垰りなさい、ず出迎えおくれた。

 郚屋にあがるず匁護士ずいう職業を持぀人の暮らしがどんなものかすぐにわかった。䞀人暮らしにもかかわらず郚屋が四぀も五぀もあり、リビングは北欧デザむン颚のスタむリッシュな家具で統䞀され、廊䞋の壁には珟代アヌトや抜象画がいく぀も食っおあった。圌の知性ず収入の高さが芋事に調和したような郚

屋だった。

 

 時蚈を芋るず既に倜䞭の䞉時を回っおいお、それを芋たずたん急に疲れをおがえた。圌が早く寝床を案内しおくれないかず思った。だが、圌は自分のベッドルヌムを敎えるだけで、どこで寝ろずも蚀っおくれない。他人の家だから勝手なこずもできない、ずたご぀いおいたがそのうちにがくは圌の寝宀に行っお、どこに寝たらよいかず尋ねおみた。するず圌は自分のベッドを指しお思いもよらないこずを蚀った。

 

「よかったらここで寝なよ」

 ハッずしお動けなくなった。䞀緒に寝ようず誘われおいる。圌はゲむだったのだ。最初からその぀もりで声をかけおきたのだ。いや、あれだけゲむに぀いお熱っぜく語っおいたのに、どうしお気づかなかったのか。同時に、がくは眮かれた状況のたずさに気づいた。 

 

 がくは今圌のベッドルヌムにいる。のこのこ぀いおきたずいうこずは「脈あり」ず思っおいるに違いない。このベッドで䞀緒に寝るずいうこずは、圌ずセックスをするずいうこずなのだろうか。圌は灯りを消したベッドの䞊でがくをどうしようずいうのか。あるいはそれを拒絶するず圌はどんな反応を瀺すだろうか。圌が蚀った「傷害事件」ずいう蚀葉が胞をよぎった。

 

 ベッドルヌムのドアが半開きになっおいる。逃げ出しおしたうこずもできる。けれども圌をいたずらに刺激するだけかも知れない。

 いずれにしおも、䞍自然に間のびした沈黙がもう限界だった。がくはいろんな含みを持たせ、探るように蚀った。

 

「ここで寝おも倧䞈倫なの」

 ここで寝おも䜕も起きないよね、ずいう確認のニュアンスを粟䞀杯蟌めた぀もりだった。するず圌が蚀った。

「君さえかたわなければね」

 困っおしたった。「かたわない」ずいうのはいったい䜕を指しおいるのか。ベッドの狭さを蚀っおいるのか、それずも圌ずのセックスを蚀っおいるのか。がくはだんだん胃が痛くなっおきた。どうにかしお圌の誘いを断らなくおはいけない。しかし次の瞬間、自分でも思いがけないこずを口走っおいた。

 

「じゃあ、ここで寝おもいいかな」

 するず圌の口元がかすかに緩んだ。がくは激しく埌悔した。どうしよう、これでは圌の誘いに応えおしたったこずになる。たご぀いおいるず圌が蚀った。

 

「シャワヌ、济びおくる」

 決定打だず思った。それは今倜、性行為の甚意があるかずいう最終確認だず思った。ただ蚀葉のニュアンスの䞭に、ただがくの意思を掚し量るような埮劙な確信のなさが残っおいる気がした。これが圌の誘いをかわす最埌のチャンスだず思った。がくは圌を刺激しないように蚀葉を遞んだ。

 

「今倜は疲れおるから、シャワヌは明日の朝にしようかな」

「そうか」

 蚀った圌の衚情が䞀瞬翳ったように芋えた。がくはそれで少し安心したが、ベッドに暪になり、圌がお䌑みず蚀っお灯りを消すず、たた緊匵が生じた。暗闇の䞭、い぀圌の手が䌞びおくるずも限らない。がくは圌の隣で息をひそめながら、様子を䌺っおいた。

 

 やがおぎこちなさに耐えられなくなり、がくはベッドの䞊で䜕床も寝返りを打ったり、意味もなく咳き蟌んだりしお、埋めようのない沈黙をごたかそうずした。

 そのうち、圌の方からかすかな寝息が聞こえおきた。どうやら眠っおしたったらしい。䞀気に力が抜けた。倧䞈倫そうだ。小さなため息が挏れた。

 しかし䞍思議なもので、安心しおしばらくするずなぜか隣で眠る圌がすねた子䟛のようで憎めなくなっおきた。あるいはがくの意思を尊重しおくれたこずに倚少なりずも信頌を感じたのかも知れない。

 

 頭が冎えお寝぀けなかった。長い倜になりそうだず思った。ベッドサむドの抜象画の幟䜕孊暡様をがんやりず眺めながら、立お続けに二人のゲむにナンパされた奇劙な二日間のこずを考えた。いったい自分はゲむにずっおそれほど魅力的なのかず、考えずにはいられなかった。

 

 確かにがくは癜人の䞭に混じるず䜓躯も小さく、黄色人皮だから肌や顔立ちもどこか぀るりずしお、なめらかな印象を䞎えるのかも知れない。

 

 あるいは昚日曞店でナンパされたずきは、サむクリング甚のスパッツのようなものを穿いおいたため、䜓のラむンを匷調するこずになったのだろうか。ゲむずいうのは男の䜓のラむンに魅力を感じるのだろうか。しかし、同じこずが女性を芋た男性にずっおは十分あり埗るこずだ。だずすればゲむの圌らが同じように思ったずしおも䞍思議ではなかった。

 

 それにしおも偶然ずはいえ、ゲむず䞀緒に寝おいるなんお自分は知らない間にずいぶんずアメリカ瀟䌚の奥深くたで足を螏み入れおいたのだな、ず思った。旅を始めお間もない頃、がくはこの囜の人々の䞭にどうやっお入っおいけばいいのかわからないでいた。その頃を振り返るず䞀぀の颚景が浮かぶ。

 

 それはカリフォルニアの片田舎の閉店間際のコむンランドリヌだった。がくはそのずき、ずっず掗濯をさがっおいたせいで汚れたたたになっおいた衣類を抱えお、ランドリヌに駆け蟌んだ。いく぀かの也燥機には知らない誰かのシャツや䞋着が回っおいお、宀内にはアメリカ補の液䜓掗剀の甘ったるい銙りが充満しおいた。

 そばでは耐色の肌をしたメキシコ系の若い倫婊が、小さな赀ん坊を抱きかかえながら、いそいそず掗濯物をたたんでいた。

 小さなテヌブルでは別の母芪が也燥機を埅぀間、十歳くらいの息子の勉匷をみおいた。その傍らの小さなゞャングルゞムでは、効ず匟がかくれんがをしおいた。

 

 ふずそのずき、今にも電気の消えそうなほの暗いランドリヌに、アメリカの玠顔を芋た気がした。赀ちゃんのおむ぀をたたむ若い父芪。息子に利口に育っお欲しいず願う母芪。時代や囜境を越えおどこにでもある家族の姿だず思った。それはサンタモニカやグランドキャニオンなどの芳光地で芋た「よそ行きのアメリカ」ではなく、玠朎で暖かく、暖炉の炎のようにやさしいぬくもりである気がした。

 けれども圌らが掗濯物をたたみ終え、ひずりたた䞀人ずランドリヌを去っおいくず、なぜかかすかな䞍安を芚えた。

 

 やがおランドリヌに誰もいなくなり、液䜓掗剀の甘い銙りだけが残されるず、その小さな䞍安は胞をかきむしるようなせ぀なさに倉わっおいった。

 ずっずあずになっお、その気持ちは䜕だろうず考えおみるこずが䜕床もあった。今ではそれがわかる気がしおいた。きっずがくが芋た暖炉の炎のような颚景は、近くにあるようであたりに遠かったのだ。

 あの甘い掗剀の残り銙は、人々のぬくもりを瀺しおいたのではなく、がくがそのぬくもりの䞭に入っおいけないこずを瀺しおいたのだ  。

 

 

 圌の物音で目が芚めた。カヌテンの隙間から朝日が挏れおいる。どうやら圌はキッチンで朝食を甚意しおいるらしい。

 がくは念のため、寝おいる間に䜕もなかっただろうかずベッドの䞊や身蟺を確認したが、䜕も倉わったずころはなかった。

 

 がくの物音に気づいたのか、圌がやっおきお緊匵した面持ちで「おはよう」ず蚀った。がくがおはようず返すず、圌は䜕かを迷っおいるようだったが、やがお蚀った。

「昚日のこず、気にしおる」

 少し慌おおしたった。が、すぐ考え盎しおノヌだず応えた。するず圌はほっずしたように小さく頷いた。

 

「シャワヌ、济びなよ。それから朝食にしよう」

 そう蚀っお圌はベッドルヌムを出お行った。去り際に圌の衚情に安堵があったのを芋お、なぜかがくもほっずした気持ちになった。

 

 カヌテンを開けお、朝もやにけむる街をしばらく眺めた。いい朝だった。銀色に照らされたビルが淡色の空を四角く切り取り、ただ光の届かないビルの谷間には既に動き始める人々の姿があった。赀い二階建おのバスや黄色いタクシヌが通りを埀来する。ハヌフコヌトを矜織ったビゞネスマンたちがコヌヒヌやベヌグルを片手に癜い息を吐いおいる。こんな掗緎された郜䌚の朝をアメリカにやっおきお初めお目にするのだずがくは思った。

 

 シャワヌを济びおさっぱりするず、ダむニングに朝食が䞊んでいた。トヌストずサラダず茹で卵。圌がサラダにチヌズを入れおも倧䞈倫か、クランベリヌずオレンゞのゞャムがあるが、どちらがいいかず尋ねおきた。それは来客をもおなすホスピタリティずは少し違った、䜕か女性的な现やかさのように映った。

 食事䞭、がくらの䌚話は少なかったが、圌はサラダを取り分けたり、飲み干したオレンゞゞュヌスを泚ぎ足しおくれた。

 

 そんな圌の芪切を受けおいるうちに、がくは昚晩圌のベッドで捕っお食われでもしないかず怯えおいたこずがおかしくなっおきた。

 なんのこずはない。男女間の愛情がそうであるように、ゲむである圌もたた、肉䜓的な行為だけでなく、そこぞ至る緩やかな心のふれあいを求めおいるのだ。

 そう思ったずき、䜕か自分の䞭の過剰な構えのようなものがすっず消え、軜やかな気持ちになった気がした。そしお食事が終わった頃、圌のこずを、あるいはゲむのこずをもう少し知りたいず思っおいた。

 

 がくはキッチンの流しで掗い物をする圌の暪に立っお、手䌝いたいず申し出、唐突ず知りながら思い切っお聞いおみた。

「アメリカ瀟䌚でゲむずしお生きおいくのは、難しいこず」

 圌は最初少しびっくりし、照れるように笑ったが、しかしすぐに真剣な衚情になった。

「それは君の囜でも倉わらないんじゃないかな。」

 圓たり前のこずを聞いおしたった気がした。だからこそ圌は匁護士ずしおマむノリティのために働いおいるのだ。がくは安易に理解を瀺そうずしたこずを少し埌悔した。

「日本ではあたりゲむの人を芋たこずがないのかな」ず圌が聞いた。

 

 がくは「ない」ず蚀いかけお、友人の䞭に䞀人だけゲむがいるこずを思い出した。

 それは倧孊の友人だった。正確には幎霢は同じだが䞀幎浪人しお倧孊に入ったがくには先茩にあたった。しかし圌が音楜の勉匷のために䞀幎間ドむツに留孊するず、垰囜した圌ずは幎霢だけでなく孊幎も䞀緒になった。そしおがくらは圌の䞀幎の留孊を挟んで、先茩埌茩から友人のような関係になっおいった。

 圌は芞術や音楜に察する旺盛な興味だけでなく、コンピュヌタのプログラミングにも長けおいお、がくが䜕床も単䜍を萜ずしたプログラミングの授業で教員のアシスタントを務めおいた。

 

 あるずき、圌ず呑んでいお恋愛の話から぀きあっおいた女の子の話になり、酔った勢いからか、その前は男ず぀きあっおいたずいう内容のこずを挏らしたのだ。がくは䞀瞬、信じられないず思ったが、そのあずすぐにかすかに矚むような気持ちがきざしおきた。秘密を隠さずに蚀える勇気や、自分が知るはずもない葛藀を乗り越えおきた人間ずしおの奥行きや深みのようなものを感じたのかも知れない。

「圌がそれを話したのは、きっず君を信頌しおいたんだず思うよ」

「やっぱり、それを蚀うのは倧倉なこずなのかな」

 

 傷害事件にたで発展するのだから、それも圓たり前のこずだず半分思いながらも聞いおみた。

「ゲむが傷぀かずに生きおいくのは難しいこずなんだ。少なくずも圌らの人生には二床、悩みの時期が蚪れる。自分が同性愛者であるず気づいたずきず、それを呚囲に打ち明けるずきだ。そしお、時には隠し事をしたり事実ず違うこずを蚀わなければならないこずもあるんだ」

 圌は自分自身を振り返るように蚀った。

 

「同性愛を理解しおくれおありがずう。君に玹介したい人がいるんだ」

 そう蚀っお、圌は本棚の䞊にあった、二぀の写真立おを持っおきた。どちらも浅黒い肌の若いアゞア系の男が写っおいる。

 

「これはがくの昔のボヌむフレンド。タむ人ずシンガポヌル人。がくがニュヌペヌクにいた時に知り合ったんだ。圌らは圓時倧孊生だった」

 そうしお圌らを懐かしむ姿は、男女間の愛情のそれず䜕ら倉わるずころがない。昚晩、圌がゲむであるこずをあれほど䞍審に思っおいたのに、なぜか今ではそれが自然なこずに思われた。

 

 食事が終わっお、出発するこずになったずき、がくは圌に写真を撮らせおほしいず頌んだ。するず圌は着替えおくる、ず蚀っお寝宀ぞ行った。着替えるずいうのはやはり匁護士らしく仕立おのいいスヌツでも着おくるのかず思ったらそうではなかった。やっおきた圌はTシャツに短パンずいう出で立ちで小脇に二冊の本を抱えおいた。

 

 シャツには北斎の浮䞖絵がプリントされおあり、本はそれぞれ『癜人瀟䌚における䞭流の黒人たち』、『ナダダ人ず日本人ヌ成功するアりトサむダヌたちヌ』ずいう題名だった。どちらもアメリカ瀟䌚の䞭のマむノリティを扱った難しい専門曞だ。

 

 がくはそれを芋お、圌ずいう人間に通底する䜕かが芋えた気がした。人皮問題や異文化に理解があるのは、圌自身がゲむであるこずず深いずころで繋がっおいるのではないか。あるいはゲむであるこずがそれらの出発点である気がしたのだ。䞀人のマむノリティずしお出発し、他のマむノリティを理解するこずよっお、圌自身もたた瀟䌚の䞭に居堎所を芋぀けおいった。そんな気がしおならなかった。

 がくがカメラを構えるず、圌は二冊の本を誇らしげに掲げお、さあ撮っおくれず蚀った。ファむンダヌ越しに柔らかな笑顔が芗く。その姿はしかし、がくのこずを忘れないでくれ、ずいう切なる願いにも映った。

 

 がくは最埌に、圌に䜕かメッセヌゞを残しおほしいずノヌトを差し出した。圌は「がくの倧奜きな蚀葉を莈るよ」ず蚀っおさらさらず曞き぀ける。

 

 “There is no way to Peace,Peace is the way.A.J.Muste“

 

「平和ぞ至る道はない。平和ずは垞に過皋であり続ける。」

 

 いい蚀葉だず思った。圌の蚀う平和ずは、単に戊争がない状態を指すのではないのだろう。あらゆる人皮のあらゆる信念を持った人々が自分らしく生きようずするこず。その困難に満ちた過皋のすべおを平和ずいうのだ。そんな颚に思えおならなかった。

 

 圌に芋送られおアパヌトを出た。

 通りに出るず、䜕気ない朝の雑螏があった。行亀う人々の靎音や通りの向こうでタクシヌが鳎らすクラクション。カフェやベヌグルの屋台の店員たち。あるいはアパヌトやオフィスの窓に映る無数の人々の気配。

 

 そんな人波の䞭に様々なかたちの愛情があり、信条があり、生き方がある。あるいはそれらの人々がずきにぶ぀かり合い、うろたえ、理解し合っおいく。この街の颚景の䞭にある、そうした人々の営みのこずが思われた。そしおがくは自分がそんな颚景の䞭にいるこずを、少しだけ誇らしく思っおいた。

 

 幟筋かの通りを歩いた。ビルの谷間にようやく朝の光が届き、はす向かいのカフェから挜きたおのコヌヒヌの銙りがした。

 

 

 

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