住民主導の避難訓練

 「わたしたちの防災・もう人任せにしない!」はミヤギテレビが震災2年半の節目に制作したオムニバス形式の報道特番だ。番組は石巻市で自ら屋上にヘリポートを作った工場や、地域を巻き込む女子大生防災士の活躍などを、震災から2年半を経て落ち着きを取り戻した雰囲気とともに紹介する。 

 なかでも興味深かったのは、震災時に避難所が円滑に運営されなかった教訓から始めた、仙台市岩切地区の住民自らが取り組む避難所設営の訓練模様だった。

 仙台市では震災以降、避難所運営マニュアルが作成され、それを受けて各町内会で具体化が進んでいる。訓練はその動きの一環として、理想の避難所作りを実現しようというものだった。

 体育館のような施設にビニールシートを敷き詰め、避難所開設の訓練が行われる。「ライフラインが止まったので、仮設トイレを使います」。といった指示が飛び交う。

 これまで避難所運営を勉強してきた岩切地区の住民、菅野澄江さんが奮闘するが、外国人への対応に困ったり、避難者名簿の記入の案内に不備が見つかったり、仮設トイレの組み立てに四苦八苦したりと、おぼつかない。さまざまな問題を発見していく過程に、私は震災直後の名取市文化会館で目撃した混乱ぶりを思い出した。

 100メートル離れた別の建物には赤十字から送られた毛布が山のように積まれているのに、避難所の人々はそれを知らずに「寒い」と震えている。あるいは、カップ麺が山のように積まれているが、「お湯が無い」という理由で配られない。

 震災から2週間以上が経とうとする頃でさえ、そうした有様だった。官民問わず五月雨式に流れてくる食料や支援物資をさばききることができない。その他にも、酒は飲んでいいのか、ペットを連れてきていいのか、ゴミ捨てやトイレ掃除はどうするのかといった諸問題が勃発。強いストレスにさらされた人々がぶつかり、ときには喧嘩が起き、夜中に不安で叫びだす人もいた。避難所運営は一筋縄ではいかない。だからこそ、今回の住民による避難所運営の訓練は貴重な取り組みと言えるだろう。

 番組はもうひとつ重要な問題点を提供する。災害時 におけるバリアフリーである。実は震災時、多くの障害者が避難所に避難しなかった。迷惑をかけることを怖れて自宅に留まる障害者も多く、避難したとしても苦労を余儀なくされたという。全盲の狩野禧世子さんは、すし詰め状態の避難所の中を四つん這いで移動せざるを得なかった。

 国は障害者やお年寄りなどの災害弱者を要援護者として、各市町村で名簿にして把握することを義務化しているが、自分の障害が地域に知られることへの抵抗が原因で、仙台市の場合、登録は障害者の一割以下に留まっているという。

 震災直後、三陸に古くから伝わる「津波てんでんこ」が盛んに言われた。津波の襲来時、家族の安否を確認しに家に戻ると犠牲になる。家族の安全を信じて各自で逃げよとの教えだが、それでも自力で逃げられない災害弱者の問題は残る。災害弱者は地域のコミュニティでカバーするほかない、というのが大方の見方だろう。南海トラフ地震の危険性が叫ばれる昨今、宮城県内だけでなく、全国の人にこそ見てほしかった。


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