失われた家族と対話しながら

 「震災の中でしか生きられない」 

 石巻市立大川小学校で犠牲になった児童の遺族たちの2年間を追った「子どもたちのために」(NHK仙台4月19日放送)を見て、以前、取材中に別の遺族から聞いた言葉を思い出した。

 児童74人と教職員10人が犠牲となった大川小学校の惨事は、今回の震災では、最大の悲劇のひとつと言われているが、既に広く知れ渡ったことを再び報道するとき、いったい何を伝えるのだろうか。視聴前に生じたそんな疑問も、番組の進行とともに融解していった。

 瓦礫だらけの海辺で我が子を捜す佐々木利充さんは、2児を亡くし、当時弟だけが先に見つかっていた。姉を捜索するさなか、行き詰まるたびに途方にくれ、弟が見つかった場所に足が向いた。「弟に頼みに行ってた。お姉ちゃん探してって。お姉ちゃんに早く帰って来いって言ってって」。震災から2年が経ち、番組がなければ本人も憶えていないかもしれない、[矢田1] 亡き家族との対話である。

 また3人の子どもとその祖父母を亡くし、夫婦2人だけになってしまった今野ひとみさんは、末っ子の大輔くんのお墓を訪れて、写真を墓前に供える。小学6年生だったはずの大輔くんはなぜか[矢田2] 写真の中で学生服を着ている。疑問に[矢田3] 思っていると「中学校にあがるのを楽しみにしていた大輔くんのために制服を合成してもらった」とナレーションが流れる。

 こうした遺族たちの、失われた家族との対話は、ある種のすごみを持って私を不意打ちした。震災被害の渦中にあるということはこういうことなのかという、畏れに立ち合ったと言えるかもしれない。そしてほどなくして、その不意打ちにされる感覚こそが、優れたドキュメンタリーの価値ではないかと思い当たった。

 「震災が起きた=たくさんの人が悲しみに包まれている」

事実として、あるいは情報としては、それはもう誰もが知っていることだ。けれども、私たちはそれ以上の何かを欲しているはずだ。2年のあいだ混沌の中にあった人々の思いが「悲しみ」とか「悲劇」といった言葉に置き換えられる前の、もっと「生々しい何か」だ。その「生々しい何か」を通して初めて、画面の向こう側のできごとと自分自身の関係性を築くことができる。そんなふうに日常の側にいる私たちをどれだけ脅かしてくるか。それがドキュメンタリーの善し悪しであるように思う。[矢田4]

 2年が経過し、番組は再び同じ人々を追う。震災直後、子どもを守れなかった[矢田5] 自分を責め、死にたいと思い続けていた今野浩行さんは「供養はするが残った人間の自己満足」と言っていたが、2年後には「自分のためには生きられないが、子どものため妻のためと思うと生きられる」と言う。佐々木利充さんは、大川小学校の子どもたちにスキーを教え始め、自身も新たに子を授かった。[矢田6] 「あの日、迎えにいけなかったことへの後悔は消えることがない。2人の分まで最後まで希を守ってやりたい。」そこには2年前とは少し違った人々の姿がある。[矢田7] しかしその微かな変化を番組は安易に希望と呼ばない。

 全編を貫くのはあくまで喪失と重さである。にもかかわらず奇妙な安堵感を覚えるのは、作り手の覚悟がその喪失に近接できているからだろうか。それとも失われた家族との対話を続ける遺族の横顔になお、私たちは人間らしさの断片を見つけるからだろうか[矢田8] 。

[矢田1]「父と」を削除しました。番組には お母様をはじめ、他の方々の「亡き家族との」対話も含まれており、それらを総合して貴重な対話の記録、という意味になります。紙面と文章の都合上、2年後に再登場する方だけを扱っておりますが、原稿に登場しない方にも配慮したく思います。

[矢田2]再挿入しました。この「なぜか」は後述の「すごみ」に繋がっていきます。

[矢田3]「なぜかと」→「疑問に」に変更

[矢田4]そこにドキュメンタリーの善し悪しを分けるのではないか。を修正して短くしました。

[矢田5]自分を責め、死にたいと思い続けていた今野浩行さんは、「供養はするが残った人間の自己満足」と言い、「自分のためには生きられない。子どものため妻のためと思うと生きられる」と続けた。を削除し、以下に変更しました。

震災直後、子どもを守れなかった [矢田5]自分を責め、死にたいと思い続けていた今野浩行さんは、「供養はするが残った人間の自己満足」と言っていたが、2年後には「自分のためには生きられないが、子どものため妻のためと思うと生きられる」と言う。

[矢田6]自身にも新たに子どもが生まれた。→自身も新たに子を授かった。 [矢田6]

[矢田7]姿が映っている。→姿がある。 [矢田7]

[矢田8]であろうか。→だろうか。に変更。ひとつ前の「だろうか」と揃えました。


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