被災者を傷つけるマスメディア

 震災直後、被災地に入ったメディアは現地の厳しい現実を伝えた一方で、不用意な言動で被災者や遺族を傷つけてきた。そう感じている人も少なくない。震災以降、子どもを亡くした震災遺族同士が気持ちを分かち合う「つむぎの会」を宮城県内各地で開催してきた田中幸子さんもその一人だ。

 震災直後、マスコミから電話があり「親を亡くした孤児を探しているので紹介してほしい」、「小さなお子さんを亡くして東京に避難し、そこで頑張っている人を紹介してほしい」などと要望がきた。聞けば、予め用意された番組のシナリオに沿う遺族を取材したいということらしかった。

 そこから田中さんは「マスコミとの闘い」を始めることになる。「作られた物語があって、そこに当てはまる人を探しているのだなと感じたのではっきりと言いました。あなたたちの物語に合う遺族は紹介できません、遺族斡旋所ではありません、と」。

 もちろん誠実に向き合いたいと思える取材者も中にはいた。だが、田中さんは「紹介してほしい」という話しをすべてふるいにかけ、震災遺族が傷つかないように防波堤のような役割を果たしてきた。それは震災前、田中さん自身が自死遺族としてメディアに傷つけられてきたからだ。

 田中さんは警察官だった息子を自死で亡くし、以降、全国自死遺族連絡会を運営してきたため、自死遺族として取材を受けることも多かった。

 「(祭壇の)花を直してほしいと言われて2時間くらいかけて配置を直したり、西日が射してくるところを撮りたいと言われました」。

 撮影のために、普段は歩かない公園を物思いに耽って歩くように頼まれたこともあった。

 素人なのでシナリオ通りにはいかずに何度も同じことをやらされる。あるいはこれを喋ってほしいと頼まれる。遺族からの電話の場面は、スタッフが代わりに電話をかけてきて、さもそれが遺族からの電話のようなフリをして会話した。まるで女優のようだった。

 「それって全然私じゃないですよ。予め物語がある場合は、そこに当てはまる発言を撮ろうと何十回も同じ質問を繰り返します。それは遺族にとって非常に心が折れることです」。

 逆に、同じ遺族でも物語から外れると、切り捨てられることもある。

 最も深刻なのは、「震災で子どもを亡くしたけど、新しい子どもを授かって前向きに生きている人を探しています」というパターンだ。田中さんによれば、子どもを亡くした人は、悲嘆からの回復など一生あり得ないという。「悲しみは愛」であり、亡き人を愛おしく思う限り、悲しみもまた消えることはない、と。

 しかしメディアはこの「回復の物語」を執拗に追い続けてきた。それは視聴者や社会がどこかで「回復の物語」が持つカタルシスを求めてきたからだ。

 だが、この「回復の物語」には大きな危険が潜んでいる。人はいつか悲しみから立ち直るものだという見方が社会の常識になり、立ち直ることができない人は「まだ悲しんでいるの?」と言われ、結果的に立ち直ったフリをして生きなければならない境遇へと追いやられていく。

 「悲しみは人それぞれ」と田中さんはいう。目の前にいる人の痛みをありのままに映そうとすること。それは人々の痛みを預かる者の最低限の礼儀ではないだろうか。


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