閖上800日の葛藤

 「あの大震災で日本は変わると思ったけど、全然変わらなかった」

 NHKスペシャル「住民合意800日葛藤の記録」の視聴後、ざらりとした感触の言葉が、宙に浮いたように心に残っていた。

 番組は宮城県名取市閖上地区の立場の異なる3人に焦点をあて、復興の陰にある住民の葛藤を描く。現地再建を押し進める佐々木一十郎(いそお)市長、閖上港朝市協同組合の代表で街の復興の先陣を切ってきた桜井広行(こういち)さん、震災当時8か月だった息子を今も探す竹澤守雅さん。閖上の取材を続ける私には、三人ともよく知った顔だ。

 震災2か月後に市が選出した市民代表8人の多数決で現地再建が決まり、住民の猛反発を受ける。「アンケートをとって住民の生の声を」「多数の犠牲者が出たことの検証が先ではないか」。2か月後といえば、まだ多くの人が避難所で段ボールに囲まれて暮らし、遺体安置所で家族を捜していた頃だ。当時は私も、津波に襲われた場所にあえてもう一度街をつくるという決定と、異例の即断に、住民はついていけないのではないかと感じた。しかし、市長はこのときの決定は重いとし、同年9月には復興計画をまとめ現地再建に踏み切った。

 竹澤さんは妻の実家の跡地に花を植えることで、我が子が眠っているかもしれない閖上の地の上に土が盛られることに抵抗を試みる。かたちは違えど、「閖上の地に戻れない」という思いは遺族だけでなく、多くの人が密かに抱えている。こうした気持ちが復興の流れによって押しつぶされる過程を思うとき、私は現地で知り合った方の「復興イコール破壊なんです」という言葉を思い出す。

 桜井さんはそんな竹澤さんが街作りの会合に来たとき、彼を半分無視するかたちで、復興の話を進めてしまう。 竹澤さんの心の痛みを顧みない冷徹さに見える。けれどもそれは外部からやってきて被災地にゴミを捨てるような無神経さとは質が違う。桜井さん自身も身近な人を亡くしているはずで、悲しみを知らないわけではない。生きるとはそうした悲しみを踏み越えるような残酷さを含むと知りながら、なお生きるしかないと知ることだ。「生きてる人は生きていかなきゃいけないんです」。桜井さんの言葉が深みと覚悟を放つ。

 アンケートのたびに現地再建の声は減り、 街を維持できる人口の下限を割ってもなお、現地再建にこだわる佐々木市長。乱立する市民団体をまとめきれずも、朝市の再開にこぎつけた桜井さん。ボランティアの力を借りて我が子を捜し始めた竹澤さん。街づくりは、復興どころか混沌へと流れていく。そして、やや唐突に冒頭の桜井さんの言葉が流れる。

 このラストシーンがずっと気になっていたのは、「日本は変わらなかった」という結論が、「変われなかった日本の一部としての私自身」に鋭く跳ね返ってきただけでなく、「住民合意」よりもさらに大きな何かを訴えているように思えたからだ。  おそらく、その言葉を発する直前まで、桜井さんは合意の難しさとは別のことを話していたのではないか。しかし番組が結論めいたことを言うため、桜井さんの言葉は都合良く切り貼りされたのではないかと感じた。彼の苦笑の向こうにあるものを私は知りたいと思った。


Featured Posts
Recent Posts

Copyright © 2021 KAIRI YADA

  • facebook