『フクシマの嘘』が照らす日本の鈍さ

 「日本の病巣のすべてが原子力ムラの中にある。」取材中、彼女の言葉に胸を打たれた。ドイツテレビZDFでプロデューサーを務め、本連載でも過去に取り上げた「フクシマの嘘」の制作に携わった西里ふゆこ氏。彼女を取材したのは、番組を見て二つの恥を感じたからだ。原発を巡る日本の癒着と汚職の恥、そしてそれを海外経由で知らされることの恥だ。

 菅直人氏の原子力ムラをめぐる暴露発言に対し、日本の視聴者から「本当にこんなことを言ったのか」と疑問が出るほどインパクトある番組はどのようにしてできたのか。

 インタビューを通して見えてきたのは日独の福島原発事故の捉え方の大きな違いである。

 氏によればドイツ人の多くは当時首相だった菅直人が日本の危機を救ったと考えているという。実際、氏が関わったあるドイツの雑誌のインタビューで編集長が菅氏に訪ねた。「どうして日本を救った人を日本人は評価しないのか。紙一重のところで日本を救ったのはあなたなのに」と。日本ではまったくと言っていいほど見られない視点に私は驚いた。

 福島の事故から日本が学んだこととドイツが学んだことはずいぶん違う。日本では、少なくとも政府レベルにおいて原発再稼働、原発技術の輸出、東電の存続への動きがある。

 一方でドイツではメルケル首相が原発廃止を決めたとき、倫理委員会を作り、審議がなされた。日本のような技術大国でも大事故が起きるということは、原子力は人間に制御不可能なものであるとの理由から、廃止の判断になった。だがこうした倫理基準が日本では皆無であると氏は指摘する。

 ドイツが原発廃止の道を歩む背景にはチェルノブイリでの事故の余波があった。いまも部分的にイノシシの肉やきのこなどが汚染されているためにマーケットに出せない地域があるドイツ。子どものときの「食べてはいけない、飲んではいけない」という衝撃的な記憶を持った人々が大人になり社会の前線にいる。それが福島から遠いヨーロッパでの原発廃止という選択に繋がったのだ。

 このように考えると、福島の原発事故に対する日本国民のリアクションは鈍いと言わざるを得ない。事実、氏がドイツの人々から繰り返し言われたことに「日本人は怒らないのか?ドイツならば暴動が起きている。日本人は怒れない民族なのではないか。怒っていても表現できない、表現を許されていないのではないか」ということがあった。

 西里氏はこれまでの長年の取材経験を含め、「フクシマの嘘」において初めて個人的な思いと取材者としての仕事内容が一致したという。「『本当に再稼働するの?』という感情が報道に携わる者として許されること、ドイツテレビの人間であることの巡り合わせに感謝している。」

 結果的に日本政府を含め、鋭い批判を展開するかたちになった番組内容に関しても「中立って本当の意味ではあり得ない。自分はどう思うかを葛藤して、言葉を選んで伝えるプロセスの中で出てくるものが本来的。不偏不党や中立など嘘くさい言葉でしかない。それは取材者への言葉封じのために使われているきらいがある。」という。取材が終わる頃、私のなかにあった恥の感覚は羨望に変わっていた。それは『フクシマの嘘』に関わった取材者のブレることのない軸を見たからに違いない。


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